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コラム

2017.3.10 更新

ショッパーのスマートフォンをリアル店舗の新戦力に -生産性向上への切り札としてスマートフォンの活用を考える-

三坂 昇司
公益財団法人流通経済研究所 研究員

流通・小売業の生産性向上に向けた2つの方向性
 近年、流通業の生産性の低さに関する問題提起が多くなされるようになった。2月に開催した流通経済研究所主催の流通大会2017でも、経済産業省流通政策課長の林氏から、流通における3つの過剰(過剰生産、過剰出店、過剰サービス)が問題提起され、流通業の生産性向上は重要な課題であることを再認識した。
 流通・小売業において生産性を高めるには、「インプットを減らす(コスト削減)」と「アウトプットを増やす(売上向上)」という2つの方向性で考える必要がある。従来「アウトプットを増やす」取組は、様々に検討されてきたが、「インプットを減らす」という視点では、取組の余地が多く残されている。近年の人手不足やそれに伴う賃金の増加等の問題を考慮すると、今後はますますその視点が重要になるだろう。

販売促進における生産性向上の必要性
 販売促進においても、「インプットを減らす」という視点で生産性を高められる余地がある。例えば、店頭POPやリーフレット等の販促物、店頭動画・DVD等のツールを用いた販促効果については、必ずしも明確になっていないものもあり、これらを作成、設置するための作業コストに比べてみると、ムダなコストとなっている可能性がある。
 インプットを減らしつつ、アウトプットを増やすことを同時に達成することが望ましいことは、言うまでもない。販売促進においては、販促メッセージを適切なターゲットに適切な場所・時間で伝え、効果を高める必要がある。従来はこのような対応が難しかったものの、リテールテクノロジーの進化により、近年では実現できるようになってきた。小売業は、リテールテクノロジーの活用を積極的に検討する必要があるだろう。

流通経済研究所におけるスマートフォンとBeaconを活用した販売促進の実証実験
 販売促進におけるリテールテクノロジーの活用について、最近ではショッパーと売場をつなぐ新しいコミュニケーションに関するテクノロジーが注目されている。例えば、トライアルカンパニーで導入されているタブレットカートや、イトーヨーカ堂などで実証実験が行われている「ショピモ」など買物を支援するショッピングカートは、新聞や雑誌等でも取り上げられ、今後の展開から目が離せない。
 流通経済研究所が運営する製配販の企業が参加するSMD共同研究機構では、2016年6月に、店舗内でスマートフォンとBeacon[1]を活用した販売促進施策の実証実験を行った。スマートフォンとBeaconを活用することで、買物を支援するショッピングカートと同様に、その売場に近づいたショッパーだけにメッセージを配信することができる。実証実験では、都内の食品スーパーにご協力いただき、売場に設置したBeaconから、近づいたショッパーのスマートフォンに対してメッセージを配信し、立寄率や購買率などを確認した。実験の詳細は脚注の調査レポートをご確認いただきたいが、その中から興味深い結果をいくつかご紹介する。

・ 情報配信によって売場への立寄を促進することができる
 売場でメッセージ配信をすることの効果は、立寄率の効果係数が119、買上率の効果係数が141となり、その売場における立寄も買上も促進することができた(図1)。これらのことから、メッセージ配信を行うことで、売場への関心を惹きつけ、さらに商品の価値を訴求できていると考えられる。
 店舗内で購買を意志決定する非計画購買率は高いことが知られており、売場でいかに商品価値を伝え手に取ってもらうかは重要な課題である。Beaconを活用したスマートフォンへのメッセージ配信は、その有力なソリューションとなり得る。また、個人の購買履歴データ等との連携により、ショッパーの嗜好に合ったメッセージの配信も可能になるだろうし、時間帯を指定したメッセージ配信も可能になるだろう。

図1 販促売場での購買促進効果

・ 情報配信によって、生鮮食品売場から定番売場に誘導することができる
 生鮮食品売場、惣菜売場で関連する商品のメッセージを配信したところ、配信した商品の定番売場への立寄率効果係数は110であることが確認できた(図2)。
 このことから、メッセージ配信を行うことで、関連する商品を想起させ、売場へ誘導する効果があると考えられる。近年、生鮮や惣菜カテゴリーの強化によって、グロサリー売場は縮小される傾向がある中で、定番売場の活性化は重要な課題となっている。その中で、関連販売は有力な施策と考えられており、クロスMDなど売場作りによって対応が行われている。スマートフォンへのメッセージ配信は、人手をかけず、関連販売を促進する有力なツールになり得る。

図2 定番売場誘導効果

・ ショッパーは売場でのメッセージ配信を許容する
 今回の実験参加者にアンケート調査を行ったところ、「買物中にメッセージは必要ない」と回答した割合はわずか4.2%であり、買物中にメッセージを許容するショッパーは95.8%であった(図3)。また、メッセージの受信件数が多いショッパーほど買物の満足度が高まる傾向であることも確認できた。
 実験前には、ショッパーは売場でのメッセージ配信を嫌がるのではないかという声もあった。しかしながら、これらの結果から、ショッパーはスマートフォンへのメッセージ配信を新しい買物体験として受容していると考えられる。

図3 スマートフォン販促の受容性

スマートフォンの活用への期待
 小売業における販売促進は、今後「インプットを減らしながら、アウトプットを増やす」ことを実現しなくてはならないという難しい局面が続いていくだろう。リテールテクノロジーの活用は不可欠になってくると考えられる。
 小売業にとって、スマートフォンは「ショッパーがコストを負担したデジタルサイネージ」と捉えることを提言したい。ショッパーのスマートフォンを活用することができれば、設備面への投資を抑えながら、売場における商品の訴求力を高めることができる可能性がある。また、ショッパーの嗜好にあったメッセージを時間帯別に配信することも可能となり、今よりも効率的なプロモーションの実現につながると考えられる。スマートフォンの活用に向けて、アプリケーションのインストールを始めとする、超えなければならない壁は高いが、その効果は十分期待できる。

<注>
[1] Beaconとは、無線電波の一種であるBluetoothを利用して受信機(スマートフォン等)と情報をやり取りすることができる技術。近年のスマートフォンに標準搭載されておりマーケティングへの活用が注目されている。小売業では、売場に近づいたショッパーにクーポンを配信する等の活用が想定されている。

【調査レポート公開中】
本コラムに掲載した実験結果について、SMD共同研究によって得られた知見の一部を「調査レポート」として公開します。今後の施策検討に向けた材料としてご覧ください。
» 調査レポート「スマートフォンを活用した販売促進施策の店頭実験結果」ダウンロード

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