2017.4.3 更新
根本 重之
公益財団法人流通経済研究所 理事/拓殖大学 教授
消費者の節約志向が強く、多くの商品の小売価格がまた下がり気味でもあるというのに、ビールの価格が上がり始めたという報道に接するところとなっている。
「過度な価格競争の防止等を目的」とする酒税法等の一部改正法(以下、一部改正法)がこの6月に施行されるのに先立ち、当局の指導、要請に従うかたちで、メーカーが流通業に提供してきた値下げ原資を絞り始めたからであるとされている。
しかし、上記の一部改正法は、メーカーだけを対象にするものではなく、それ以上に酒類を販売する卸売業、とくに有力な小売業を対象とし、売上原価に販売管理費を加えた「総販売原価」を下回る価格で酒類を継続して販売することを抑止しようとするものである。従来から当局が要請してきたところだが、なかなか改まらないとして、今回それが法定されるところとなった。違反した場合は、企業名の公表、さらには酒類販売免許の取り消しもあるということだから、大変である。
この一部改正法に従って、6月以降、卸売業、小売業が、これまでは目玉商品化することもあった酒類に販管費を乗せるに至ると、この春上がり始めたビールの価格はさらに上がるし、他の酒類の価格も、多くの販路、品目で上昇することになる。売り手にとっても、買い手にとっても大変である。
ここで「総販売原価」を構成する売上原価と販売管理費のうち、前者については、仕入価格の値引きとして認定されるリベートの条件などが一応ほぼ明確になっていることもあり、ここでは触れず、国税審議会第18回酒類分科会の下記説明資料の該当部分に譲りたい。
〇「酒類行政の現状」(平成29年3月14日)
http://www.nta.go.jp/kohyo/katsudou/shingi-kenkyu/sake-bunkakai/170314/pdf/02.pdf
問題となる販管費
だが、もう一つの販管費については、上記資料を見ても下記のような基本的な考え方が書かれているだけでなので、問題点、課題を検討しておこう。
○酒類の販管費は、原則としては個々の品目、取引毎に捉えるべきである。
○だが、便法として月次や年次の販管費率を用いてもよい。
○いずれの場合も他部門等との共通経費は、合理性のある方法で配賦すべきである。
以下、小売業を中心に考える。
主要な小売業が公表している企業として販管費率は、総合スーパー大手では30%を超えるようなところがある。スーパーマーケットは20%台半ばといったところが多い。これらに対して販管費率の低さを誇るディスカウンターやドラッグストア企業のなかには、その比率が、10%前半といったところまである。業態、企業間のコスト構造にはかなり大きな差異がある。もちろんそれは企業全体のものであるから、酒類に関する販管費率は、別の数字を出さなければならなくなろう。
当然ながら、各社とも、一部改正法施行までには、酒類に関する販管費率を競争上不利にならないように算定することが必要になる。ビールのように消費者の価格感度が高い商品について、競合よりも高い価格を設定しなければならなくなれば、かなりの顧客を失うことになるからである。
販管費率をどう算定するか
スーパーマーケットを例に挙げれば、まず部門直接費の賦課と共通費の配賦をしっかり行い、酒類を含む加工食品部門の販管費率を捉えていることが前提になる。そうすることで人件費、光熱費などの費用がかさむ生鮮部門等を含む企業全体の販管費率よりは、かなり低い数字が出せよう。だが、それだけではおそらく足りない。
家賃地代は、各部門の占有面積比で按分するのが通常だろうが、販管費率を合理的な理由を付けてより低くしようとするのであれば、売場の通過率でウエイト付けをすることなども考えられる。生鮮部門が占有する店舗の主通路部分は来店客のうち8割、9割が通る。これに対して加工食品や酒類が占める店舗の中央部分の通過率は遙かに低い。繁華街の主要な通りに面する店と脇道に面する店では、通行者数が著しく異なるから、家賃にもかなり大きな差異がある。同様の差を反映させれば、加工食品部門の単位面積当りの家賃地代はかなり低く見積もることができるだろうし、そうした方が実は企業の部門管理上も合理性がより高くなるとも言えそうだ。
また、加工食品部門のなかでも、酒類は平均単価が高いはずであるから、その売場を効率的に運営している企業では、酒類の単位面積当り売上高が高くなり、酒類だけについて販管費率を算出すると、相当低い数字を得られる可能性もあるだろう。そうであるなら、これを機会に少なくとも酒類については、カテゴリー・レベルまで販管費を捉える仕組みを作るのがいいかも知れない。
さらに細分化してゆくならば、ビール、チューハイ、清酒、焼酎、ワインなどサブ・カテゴリー別でもコストと単位面積当り売上高にかなり大きな差異があり、販管費率にも差が出ているはずである。
また、合理的な方法で特売をしている場合は、商品単位当りの物流費や店舗作業コストが下がるとともに、単位面積当り売上高が伸び、販管費率は大きく下がっているかも知れない。そうだとすれば、そうした数字を捉えた方が、競争力のある特売価格を合法的に出しやすくなる。原則は、個々の品目、取引ごとに販管費を計算せよとのことなのである。
いざやるとなるといずれもうんざりするほど面倒なのだが、販管費率が高い小売業が、その規模に基づく交渉力で飛び抜けたリベートなどを獲得し、仕入価格を引き下げて競争力のある価格を出すのは難しくなるだろうから、やらなければならなくなると考えよう。ホールセールクラブや強力なディスカンターの名前が浮かぶが、コスト競争力のあるそれら企業は、現状でも低い価格を出せるはずだし、酒類について企業全体よりさらに低い販管費率を算出し、それで価格形成してくることも想定される。
一部改正法施行については、他にも考えなければならないことがいくつもあるし、批判的な検討を加えたいと思う点も複数ある。しかしここでは小売業の販管費の算定という課題のみ、取り急ぎ提起しておくことにする。小売業にとってはもちろんのこと、そこに商品を供給するメーカーや卸売業への影響も大きいと考えられるからである。