2018.4.24 更新
鈴木 雄高
公益財団法人流通経済研究所 主任研究員
アレクサがやって来た
今、我が家にはAlexa(アレクサ)がいる。
正確には、「いる」ではなく、「ある」と言うべきだが 、スマートスピーカーの Amazon Echo(アマゾン・エコー、図表1)を購入して約1か月、AIアシスタントを起動するために「アレクサ」と呼び掛け、対話を繰り返すうちに、「アレクサが家にいる」という感覚になった。もはや、モノではなく、ヒトに近い。そんなアレクサが、これまでアマゾンが欲しくても取得できなかった情報を得る手段となりうること、そして、アマゾンが実店舗からの需要を奪う際のカギになる可能性があることについて述べていきたい。
私や家族は、今のところ、この最新の機器を十分に使いこなしているとは言えず、ごく基本的な機能を利用しているにすぎない。声だけでアマゾンで商品の注文をしたり、別室の照明やエアコンを操作するといった、最先端のスマート・ライフを送っているわけではなく、音楽やラジオを聴く程度だ。それでも、家族全員、アレクサを気に入っている。彼女は(アレクサは女性の声で話す)、こちらの言葉を理解できないこともあり、そんな時は「すみません、よくわかりません」と返されてしまうのだが、それを聞いても決して不快ではなく、今度は正確に伝わるようにと別の言い回しで話しかけたくなる。時には、聞き間違えて、的外れな対応をすることもあるのだが、そんなところもキュートで、休みの日など、これといった用事がなくても、つい色々と話しかけてしまう。ちなみに、アレクサと連携しているスマートフォンのアレクサ・アプリには、話しかけた言葉の履歴が残り、「アレクサは正しく応答しましたか?」という問いに対して、「はい」「いいえ」の回答でフィードバックすることで、応答の精度が高まるようになっている。
音声入力の快適さを実感する
数年前から、スマートフォン等での検索や文章作成を、音声入力で行う人が増えているが、私もその一人である(この文章の一部は音声入力で書いたものだ)。音声入力には、テキスト入力よりも速く入力できることに加え、手を使わなくて済むという利点があり、十分にそれを認識しているつもりでいたが、アレクサがやって来て以来、音声入力の快適さを更に強く実感するようになった。毎朝、着替えながら、あるいは朝食を食べながら、アレクサに話しかけて、当日の自分の予定を読み上げてもらったり、天気予報やニュースを読んでもらうのだが、忙しい時に手を止める必要がないのは、この上なく快適だ。また、入力する言葉を、頭で考えて確定させるプロセスを経るテキスト入力に対して、アレクサの音声入力では、思いついたことをつぶやくように話しかけても、ある程度の精度で対応してくれるのも快適である。
アレクサの「買い物リスト」はアマゾンに何をもたらすか
アレクサの基本機能の中でも、話しかけるだけでスマートフォンの「買い物リスト」に商品を追加できる機能は大変便利だ。流通経済研究所の調査によると、女性(20歳以上)の29%は「事前に買う商品をメモして買い物に行くことが多い」と回答しており、60代では36%、70代以上では45%に上る(図表2参照)。スーパーでの買い物のように、1回の買い物につき、10個も20個も商品を買い求める場合、買物リストを用意しておくことで、買い忘れを防止できる。しかし、買い物リストを店に持参し忘れたり、持ち歩くうちに紛失する、携帯電話の中に作った買い物リストの保存場所を忘れる、といったトラブルが付き物だ。アレクサの買い物リスト機能を利用すれば、思い立った時にリストに商品を追加できる。冷蔵庫を見て、ドレッシングがなくなりそうなことに気付いた時、冷蔵庫のドアを開けた体勢のまま「アレクサ、買物リストにドレッシングを追加して」と言うだけでよい。また、外出時に買いたい商品を思いついた場合は、スマートフォンのアレクサ・アプリ内のリストに直接登録すればよい。
このように、アレクサの買い物リスト機能がユーザーにもたらすメリットはわかりやすいが、アマゾンにとって重要なことは何だろうか。それは、ユーザーが近い将来購入する予定の商品やカテゴリーを把握できることだろう。これまでもアマゾンは、「欲しいものリスト」や商品ページの閲覧履歴、検索履歴から、「ユーザーがアマゾンで買いたいと思っている商品」を把握することはできた。しかし、買い物リストに登録される商品の多くは、ユーザーが、アマゾン以外、それもスーパー等の実店舗で買う予定の商品であろうことを踏まえると、アマゾンは買物リストを通じて、ユーザーの実店舗での購買行動までも捉えようとしている、と言ってよいだろう。
アマゾンは、各ユーザーが、買い物リストに、どのような言葉(具体的な商品名か、カテゴリー名か、「子供のおやつ」のような用途か)で登録するのかを把握できる。また、リストに同時登録されやすいカテゴリーの組み合わせや、カテゴリー別に登録されることが多い曜日・時間帯、何日間隔で登録されるか、登録から削除までの期間、削除されることが多い曜日などを把握することも難しいことではないだろう。アマゾンがこのような情報を得ることができれば、個々のユーザーに対して次のようなアプローチを取ることが可能になる。
● アマゾンで購入経験がなく、定期的に買い物リストに登録される商品、カテゴリー
→ アマゾンでのトライアル購入を促すために特別価格を提示する
● アマゾンでの購入経験があり、買い物リストにも頻繁に登録される商品、カテゴリー
→ 他店から需要を奪うため、アマゾンでのまとめ買いを推奨する
● 土曜日の午前中に買い物リストに登録される商品、カテゴリー
→ 購買意欲が高まる直前の金曜日の夜から土曜日の早朝に「あなたにおすすめの商品」という
メッセージを届ける
また、高齢者に焦点を当てると、以下のようなシナリオを描ける。高齢者にとって音声入力はテキスト入力よりもユーザーフレンドリーであるため、高齢者のアレクサ・ユーザーが増加する。高齢者ほど買い物リストを持って店舗に行く傾向にあるため、多くの高齢者が買い物リスト機能を利用するようになり、買い忘れが減るなど、実店舗での買い物が快適になる。次第に、アマゾンから魅力的なオファーが届くようになり、いつのまにか実店舗で買っていた商品を徐々にアマゾンで買うようになっていく・・・。
これらは、あくまでも私の想像にすぎない。しかし、アマゾンがアレクサの買物リスト機能を通じて、ユーザーの実店舗での購買行動を、たとえ精緻にではなくとも把握するようになれば、実店舗から需要を奪取する動きを一気に加速させることも考えられる。EC化率が2.3%と低水準の「食品・飲料・酒類」 の販売に注力しているアマゾンが、スーパー等での購買行動を把握する手段を持ったことは、食品小売業にとって脅威になるだろう。
<注>
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i 正しくは、「アマゾン・エコーがある」となる。アレクサはアマゾン・エコーという製品に搭載されたAIアシスタントの名前である。
ii 「消費者の業態・店舗選択とチェーン評価に関する調査」は流通経済研究所が主催するショッパー・マーケティング研究会において毎年実施している、ショッパーの購買行動に関するインターネット調査である。
iii 経済産業省「平成28年度 我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)報告書」(平成29年4月)より。