2018.7.6 更新
山﨑 泰弘
公益財団法人流通経済研究所 理事
店内の写真撮影の解禁
コープさっぽろが、今年の5月末に店内の写真撮影を解禁したと聞いた。店内写真をSNSに投稿することによる、お客様同士の交流や来店促進が狙いだという。この取り組みは、スーパーの業界ではかなり画期的なことである。現在でもほとんどのスーパー(に限らず多くの小売業)では、店内の写真撮影を禁じている。その理由は、様々あると思われるが、一つは、競争の最前線である売場の情報が写真撮影により競合店に伝わると、品揃えや売場づくりが模倣されたり、価格対応されたりするということが懸念されるというものだろう。
※コープさっぽろの店舗もインスタグラムのアカウントを持ち、情報発信をしている
スーパーの売場は、様々な工夫をしているが、最近は類似の取り組みが多くなっているように思える。大手メーカーが提案する販売促進が実施され、特売商品の価格は競合を見ながら負けないように値付けされている。写真撮影を禁じなくても、売場が似通ってくるのであれば、その意味はあまりないのではないだろうか。
そこで、撮影を解禁することにどのような意義があるか考えてみたい。
小売業における売場個性の意義
競争が激しくなっている現在、小売業は他の模倣をするだけでは成長することは難しい。消費者はECも含めて多くの購買選択肢を持っており、新しい需要を創造していくことが成長には欠かせない。SPA型の小売業のようにオリジナル商品を作り続けられる企業であれば、商品の付加価値で話題づくりもできるだろうが、スーパーのようにNB商品を多く販売する業態では、価格競争に陥りがちである。収益性を高めるためには、価格以外の競争軸が必要であり、その一つが「インスタ映えする」と言われるような、購買に結びつく、商品陳列や販促物の個性ではないだろうか。
売場づくりのモチベーション
人手不足で、商品陳列すらままならないような状況も聞かれるようになり、売場づくりにかけられる人手は限られるが、ここぞというときには、話題を作れるような売場づくりも必要であろう。ただし、いくら頑張って良い売場展開をしたとしても、店頭は来店した顧客の目にしか触れないため、客数増にはつながらない。つまり、売場の買上率を高めて、客単価増加による売上増加に結び付けるしかない。
しかし、良い売場展開が顧客によりSNSで拡散されたとするとどうなるだろうか。それを見て、「いいね」と思った他の顧客が来店して購買するきっかけになる可能性がでてくる。そうすると、新規顧客の取り込みも含めて、来店客数の増加につながる。客単価だけでなく、客数増加につながるのであれば、売上の増加も大きくなり、人手不足の中で、売場展開にかけた手間が報われるのではないだろうか。
また、小売業で働く従業員にとって、売場づくりは、上からの指示で展開作業をすることも多く、工夫をしても客観的な評価がされにくい。これまでは、売上が増えると店長など内部の評価でモチベーションを高めてきたと思われるが、自分のアイデアで作った売場がSNSで拡散され、「いいね」とたくさんの評価が得られれば、さらに高いモチベーションで次の仕事に取り組めるようになるのではないだろうか。結果として、より個性があり、他店と差別化できるような売場づくりのアイデアが出てくる可能性がある。
SNSに対する課題と店内の写真撮影解禁の広がりの可能性
もちろん、SNSのリスクも考えなければならない。SNSは匿名性が高く、面と向かって言えないことが言いやすくなるため、不満や不備について感じたことがそのまま表現される可能性がある。それが広く拡散してしまうと風評被害につながりかねない。その点、顧客の意見を真摯に受け止める姿勢と迅速な対応が求められる。ただ、規制をしようとしても、情報の拡散を止めるのが難しい世界であるため、否定的なコメントに萎縮するよりも、それ以上に多くの肯定的なコメントが発信されるように店頭の取り組みが進めば良いのではないだろうか。
コープさっぽろは、過去に他のスーパーに先がけてPOSデータを取引先メーカーに開示して協働でMDに取り組んで成果を出しているが、その動きは他のスーパーにも広がった。今回の店内撮影解禁の動きが他のスーパーに波及していくかどうかはまだわからないが、消費者との協働で新たな店頭価値を創り出し、効果が出てくるようであれば、他も追随することになるのではないだろうか。
(補足)SNSと購買行動
総務省の情報通信白書によると、SNSの利用率は年々高まり、2016年の調査では71.2%となった(図表1)。新聞購読率の低下とは対照的である。スーパーにとって販促効果の低下が懸念されるチラシに代わる店外プロモーションの一つとして、SNSによる売場情報の拡散は重要な位置づけになっていくのではないだろうか。
消費者の購買意思決定は、問題解決行動として購買決定までの情報処理の過程を踏んでいると考えられている。買い物とは、消費者が買い物のきっかけとなる何らかの問題認識をもち、それを解決するために、様々な選択肢を想定し、その中から適切なものを選択し、購買にいたるというプロセスと説明することができる。また、情報処理は購買で終わらず、その後の評価までが一連のプロセスであると言われる(図表2)。
スーパーの買い物のような最寄品の購買には、消費者の関与(こだわり)が高くはないため、その情報処理は簡易的に行われ、情報探索は基本的には消費者の記憶の中の内部情報と店頭情報だけで判断されることが多い。消費者の内部情報は、過去の購買後評価からフィードバックされる経験やクチコミなどの外部情報により形成されると考えられる。このため購買後評価は、消費者自身の将来の買い物へ影響を及ぼすものであったと考えられるが、近年は、SNSを使って購買後評価が外部発信されることも多く、それが拡散することで他人の買い物に影響するようになっていると考えられる。
流通経済研究所では、店頭の話題力がショッパーの購買にどのような影響を与えるのかを探るべく、小売店頭や調査環境のSNSなどを利用したWADAIプロジェクトと称す研究プロジェクトを推進している。
ここでは、従来のモノ消費に対応した売場づくりを、コト消費に広げていく中で、店頭を起点とした話題力というものが、ショッパーの購買に影響を与えるのではないか、という仮説を持ち、(1)話題になり売上が上がる売場とはどのようなものか、(2)売場の話題は、SNS上でどのように拡散するのか、(3)SNS上で拡散した話題は、情報を受け取ったショッパーに影響を与えるのか、そのメカニズムを明らかにしようとしている(図表3)。