2019.7.22 更新
池田 満寿次
公益財団法人流通経済研究所 主任研究員
職業柄、テレビ番組の制作会社から、スーパーマーケットでの上手な買い物方法や裏ワザを教えて欲しい、といった問い合わせを時折受ける。スーパーでの買い物は身近なテーマなだけに、生活情報番組などとの相性は良いようだ。
番組ディレクターとのやりとりでは本題の情報提供に加えて、せっかくの機会なのでスーパーの営業構造を理解してもらうよう努めている。たとえば店舗運営にまつわる業務タスクの多さや、1カ月に要する水道光熱費の多さなど、その舞台裏に関して伝えると、人手やコストがそんなにかかるとは知らなかったと、驚かれることが多い。併せて、人件費や物流費などの販管費が上昇し続けていることや、それらが店舗の運営を徐々に圧迫している実情を説明するうちに、思わず力が入ってしまうこともある。
制作サイドの企画趣旨とは外れるため、残念ながら店舗運営をめぐる実情が番組コーナー内で紹介されることはほとんどない。ただスーパーの経営が逆風下にあり、直面している問題について、一般生活者にも認知・理解してもらう必要が増していると感じる。経営難によりスーパーの閉店が増えれば、買い物が困難になるなど生活者にも跳ね返ってくるからだ。
イオンが今年6月より、埼玉県狭山市内で移動販売車の営業をスタートした(ページ最下部の写真)。営業エリアは、古くからある団地や集合住宅が中心だ。営業先の団地内ではかつてスーパーや商店が営業していたが、歳月が経つにつれ閉店する店舗が増えた。そして、居住する高齢者にとって買い物が日増しに困難になっていったという。こうした事情で狭山市や地元自治会からの相談を受けたイオンは、狭山市内にある店舗を商品供給の拠点とし、移動販売車を稼働させることを決めた。
その移動販売車の営業に同行する機会を得て、買い物の様子を見聞すると、利用者からは移動販売への感謝の念と同時に、昔をめぐる後悔を口にする声も聞いた。移動販売車が巡回する団地内では地元のスーパーが長く営業していたものの、数年前に閉店した。一通りの食品や日用品が揃う買い物インフラとして機能していた一方、長年営業してきたことで地元利用者にはマンネリ気味に映り、品揃えや価格への不満を口にする住民も少なからずいたそうだ。客足が少しずつ遠のき、最終的にはそのスーパーが閉店に至った訳だが、いざ身近な買い物先が無くなると、牛乳一本買うのにもバスを使わざるを得ない人もあらわれ、「生活の不便さが一層増した」(狭山市役所)。ある高齢の女性客が打ち明けた「(閉店したスーパーを)団地全体で支えようとする気持ちがもう少しあってもよかった」という念は、偽らざる本音だろう。
イオンの移動販売車で扱う商品の価格は店舗と同一に揃える。利用者は買い物の都度100円の手数料を支払うものの、車両費やドライバーの人件費、ガソリン代など運営コストがかかるため、事業として稼働台数を増やしていけるかどうかは試行錯誤の段階という。移動販売開始のセレモニーで市長と共に挨拶したイオンリテールの打田智美・埼玉県事業部長は「(事業会社であるため)ボランティアで続けるのは難しい。自分達も精一杯営業努力するので、ぜひご利用いただきたい」と呼び掛けた。企業ビジネスである以上、採算が問われる。長く継続していく上でも、地域に強く伝えたいメッセージに聞こえた。
災害等で物資の供給が滞る局面では、商品が流通し、買い物できることへのありがたみを多くが実感するものの、日々の生活ではその意識が埋もれがちになる。昨今のスーパーの店舗の多くは、土地や建物を借り受け、営業している。収益環境が慢性的に悪化する中、営業見通しが不透明であれば、契約更新時期を境に撤退するような店舗も今後増えることが想定される。高齢化や人口減が進む環境下、向き合わざるを得ない問題と言えよう。
人手の確保難や採算悪化といった店舗運営にまつわる苦労を、小売企業自らが一般向けに発信することはあまりないため、一般には知られていない実情も多い。その一方、店舗運営の困難さが増していることへの一般認識が広がれば、前出の高齢女性のような「その店を支えようとする気持ち」が促されるきっかけにもなり得る。買い物困難な地域が全国で広がりつつある問題は、解決が容易ではない。まずは店舗運営の実情を知ってもらうことが解決への糸口になるのでは―― 移動販売車の利用光景に触れ、そんな思いを強くした。