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コラム

2019.12.25 更新

リアル店舗でも「顧客体験の強化」があたりまえの時代が到来する

鈴木 雄高
公益財団法人流通経済研究所 主任研究員

ECにおいては“あたりまえ”な「顧客体験の強化」

 「顧客体験」という言葉を目にする機会が多くなって久しい。ECの世界では、収集した顧客の行動データを活用して「顧客体験」(CX)を改善する活動が日々行われている。よく言われることだが、ECにおいては、顧客が購買したという事実はもちろん、商品画面を閲覧した後に購買に至らなかったという事実など、リアル店舗では把握することが困難なデータも収集され、画面設計の改善などに活用されている。

これからはリアル店舗でも“あたりまえ”になる「顧客体験の強化」

 このように、従来はECにおいて語られることの多かった「顧客体験」であるが、最近ではリアル店舗にとって「顧客体験」を強化することが競争相手との差別化において特に重要である、という見方が広がっている。その要因の一つには、これまではリアル店舗が顧客の行動を把握する手段が限られており、取得したデータの活用範囲も限定的だった(例:ID-POSデータ)のだが、スマートフォンのアプリや、売場に設置されたカメラやビーコン等の機器を通じて、購買だけでなく、情報の閲覧や、商品の探索行動、購買中止の様子、あるいはSNSでの情報発信といった、顧客の様々な行動を把握できるようになってきたことが挙げられる。
 「今はまだ一部の小売業が試行しているだけだろう」、「うちにはまだ早い」と、高を括っている小売業は、1、2年後には完全に時代遅れの存在になるリスクもある。リアル店舗は、今から自社がどう取り組むべきかを検討すべきだ。

小売業の成功要因として注目される顧客体験

 図1は2018年にバーバラ・カーン教授が提唱した「カーン小売成功マトリクス」である。この図で示される考え方は、小売業視点の「優れた競争優位性」と、顧客視点の「小売命題」の軸で表現されたマトリクス4象限のいずれかで強みを発揮できた小売業が成功するというものだ。

 アマゾンの場合は、当初は「低摩擦」(利便性の高さ、ストレスフリーな買物の実現)の領域で優位性を築いたが、今では「低価格」でも優位に立っている。
 国内のスーパーマーケットの多くは「低価格」の領域で強みを発揮してきたが、ディスカウントストアやEC事業者と価格競争を続けるのは困難になりつつある。こうした状況下で、スーパーマーケットの中にも、図1の右側「顧客体験」を強化することで、差別化された存在になろうとする企業が登場している(例:デジタルトランスフォーメーションによる「顧客体験」の改善を進めているU.S.M.Hや、「日本のスーパーマーケットを楽しくする」というテーマを掲げるサミットなど)。これまで利便性の追求により「低摩擦」の領域で圧倒的な優位性を築いてきたコンビニエンスストアだが、「低摩擦」に加え「体験的」の領域でも強さを発揮すべく、新たな取り組みを始めた企業もある(例:ファミリーマートは自社アプリ「ファミペイ」を導入し、「苦痛の除去」に加え、スタンプを集めることによる「楽しさの拡大」も実現している)。

デジタル技術の活用が顧客体験強化の鍵となる

 このように、時を同じくして、国内の複数の小売企業が「顧客体験」の強化に一段と注力しているが、前述の通り、デジタル技術の発展と普及がこれを後押ししていると言えよう。言うまでもなく、デジタル化は目的ではなく手段である。それは、POSデータやID-POSデータの分析が(目的を達成するための)手段であることと同じである。手段を選ぶことよりも、他では味わえないユニークな顧客体験を検討し、設計することが重要だ。それを顧客に提供することで、過度な価格競争や出店競争に巻き込まれるリスクを低減できる。そのための手段として、デジタル技術の活用を考えることが肝要であり、今のうちから、先行事例や取り組みのポイントを把握しておくことは、決して早すぎることではないだろう。

<参考文献>
Kahn, Barbara E.(2018)”The Shopping Revolution : How Successful Retailers Win Customers in an Era of Endless Disruption,” Wharton Digital Press.
神谷渉(2019)「アメリカ流通における『アマゾン・エフェクト』への対抗策を考える―特集にあたって」『流通情報』51(2)、4-5。

 

▼流通ビジョン・セミナー『流通大会2020』のご案内

https://www.dei.or.jp/ryutsu_fes/schedule_day03
2020年2月7日のセッションでは「顧客体験の強化を通じた流通革新」というテーマのもと、ファミリーマート、U.S.M.H/カスミ、ライオン、PayPayといった国内有数企業が、顧客体験強化の考え方や需要獲得の成功事例、今後の展開などを報告する。また、流通・マーケティングの専門家が、小売業やメーカーが顧客接点で取得したデータをどのように活用すべきか、事例紹介を通じて提言する。なお、本文中で言及したサミットからは『流通大会2020』の2月5日のセッションで竹野浩樹社長にご講演いただく。
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