2021.2.15 更新
池田 満寿次
公益財団法人流通経済研究所 主任研究員
新型コロナウイルスの感染拡大から1年超が経過した。外出自粛や家で過ごす時間が増えた結果、内食需要が高まり、食品スーパー各社の販売は大きく伸長した。その一方、生活者が外出を控えたことで、大手コンビニ各社が苦戦を強いられた。これらはほんの一例であり、どの小売業態も少なからず影響を受け、業績面でも明暗が大きく分かれた。
こうした中、本稿で扱うネットスーパーは、コロナ下で飛躍的に伸長した筆頭格と言えるだろう。ネットスーパーは、買い物に出かけることが困難な環境になるほど、利用が増える。大雨が降る、台風が来る、雪が積もる――外出するのが困難な天候条件になるほど、ネットスーパーの注文件数が跳ね上がる。また年間のサイクルでは暑さが増す時期(7-8月)や寒さが増す時期(1-2月)に利用が増えるのも特徴だ。ネットスーパー利用の大きなメリットは、「自宅で注文でき、商品を自宅まで届けてくれる」という点である。感染への警戒意識が高まる環境下で、多くの生活者にネットスーパーの長所が認識された形だ。
研究協力先のあるネットスーパー(首都圏で展開)の購買履歴データを用い、コロナ下での利用動向や注目すべき変化を考察したい。図表1は当ネットスーパーの受注件数の推移である。感染拡大とともに、ネットスーパーの利用は急ピッチで増え、緊急事態宣言が発令された20年4月には前年比160%を超える水準にまで利用件数が増えたのである。夏場以降は上昇ペースが緩やかになったものの、依然として高水準の利用が続いている。
利用件数の大幅伸長に加え、ネットスーパー事業にとってはもう一つ大きなプラス材料が台頭した。それは業界関係者にとって待望とも言える、高齢者の利用増だ。前出のネットスーパーで昨年4-5月の利用件数を年代別で調べると(図表2)、30代は前年比134%、40代は同130%の水準だったのに対し、60代では192%、70代以上になると210%と2倍以上に利用が膨らむなど、高齢層ほど活発に利用していたのである。夏以降においても、利用の伸びが一服した30-40代とは対照的に、高齢層によるネットスーパーの利用は高い伸びが続き、70代以上では前年比で約2倍の利用水準が続いているのである。新型コロナは高齢者ほど重症化リスクが高いため、感染防止の観点から外での買い物を控え、ネットスーパーで買い物を済まそうとする高齢者が増えていると推察される。
感染への警戒意識が契機になったとは言え、ネットスーパーは高齢者と相性が良い業態といえる。ネットスーパーは買い物が困難になるほど利用が伸長すると先述したが、これは気候に限らず「人」に置き換えても当てはまる。高齢者の場合、身体機能の衰えから、買い物の行き来や、商品の持ち帰り(重たいものや、かさばるものはとくに)に負担を感じやすい。このため、スーパーの売場で扱っている商品を自宅で注文でき、商品を届けてくれるというネットスーパーのサービス機能は、高齢者ほどメリットが大きいのである。
コロナ下でスポットライトが当たるネットスーパーだが、課題は少なくない。それを端的に表すのが図表3に示す、ネットスーパーの利用者割合の推移だろう。流通経済研究所が毎年実施する買い物調査では、東京圏でのネットスーパーの利用者割合が2017年時点で15.3%だったのが、その後、減少傾向をたどり2019年の調査では11%にとどまるなど、間口が狭まっていたのである。2020年末の調査スコアでは利用者割合が14.9%と、「V字回復」を遂げたものの、コロナ禍の直前まで停滞が続いていた事実は直視する必要がある。
停滞の背景には、ネットスーパー事業の収益化の難しさがある。日本のネットスーパーの大半は、実店舗にある商品を出荷する「店舗出荷型」の形態をとる。ネットスーパーの業務オペレーションでは、注文が入った商品を店舗の売場からピッキングし、注文商品を各世帯に配送する、という作業プロセスが生じるのだが、それらは人手を介する作業のため、一定以上のコスト負担がかかってくる。これらのコスト負担を利用者に転嫁することがなかなか進まず、大半のネットスーパーが収益化に苦しんでいる(≒赤字)のが実情なのである。こうした影響で、近年は配送エリアや受注能力が拡大せず、むしろネットスーパー事業を縮小したり、撤退する動きの方が目立っていた。このため、新しい利用者がなかなか増えず、足踏みが続いていたのである。
ネットスーパーの収益力向上には、①稼働率を高める(≒リピーターを増やす)、②作業・配送の生産性を高める――といった2つの視点が欠かせない。①は、天候やコロナ禍といった条件に左右されることなく、日常的に利用してくれるユーザーを増やすことが肝要になる。当面はコロナ下で獲得できた高齢ユーザーをリピーター化する施策が重要になるだろう。②については、2019年末のイオンが英オカドと提携したことに象徴されるように、テクノロジーを活用して生産性を高める視点が問われてくる。ちなみに楽天と西友が協働する「楽天西友ネットスーパー」が、2020年度中にもネットスーパー専用の物流センターを神奈川県で稼働させ、自動化設備の導入を通じて、倉庫内作業の大幅削減(6割減)を目指すことを表明している。戦略的な投資に踏み切る動きが徐々に表面化しており、他のネットスーパーの追随も注目される。
感染への警戒意識が続く間、ネットスーパーは根強いニーズに支えられるとみている。ただワクチン接種の広がりや特効薬の登場などを通じて感染への警戒感が薄れていけば、実店舗の利用に戻す人が増える可能性もあり、ネットスーパーの真価が問われることになる。2020年は対面接触を避ける観点から、ネットスーパー各社の間で商品を玄関先に置いておく「置き配」が普及した。感染対策の側面が大きかったものの、置き配は外出が多い世帯にとって支持されやすいサービスであり、今後もプラスに作用する可能性がある。これを一例に今後もサービスをブラッシュアップし続ける必要があるのと、コロナ下を契機に獲得できたユーザーに対するCRM施策などを通じて、固定客化するアプローチが急がれる。